名古屋高等裁判所 昭和63年(ネ)90号 判決 1988年11月16日
主文
本件各控訴をいずれ棄却する。
控訴費用は控訴人らの負担とする。
事実
一、当事者の求めた裁判
(控訴人ら)
原判決を取り消す。
被控訴人らの請求を棄却する。
被控訴人らは各自控訴人中川定子に対し金一五五〇万円、同中川直芳に対し金五六〇万円、同中川英治に対し金八九〇万円及び右各金員に対する昭和六一年六月六日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え(但し、当審において減縮した請求である。)。
訴訟費用は第一、二審とも被控訴人らの負担とする。
(被控訴人ら)
主文同旨
二、当事者の主張
当事者双方の主張は、次に付加、訂正するほか、原判決事実摘示のとおりであるから、これを引用する。
原判決三枚目表二行目の「交通事故」の次に「(以下「本件事故」という。)」を加える。
同六枚目表一行目の次に行を改めて左のとおり加える。
「本件事故当時、事故現場付近は日没後で既に暗く、しかも降雨のため前方の見通しが困難な状況にあったことに加えて、被控訴人真砂において駐車させていた甲車後部は路面と混同しかねない暗黒色であったから、亡一郎において前方注視を尽していたとしても、甲車の存在を認識することは困難であった。
従って、本件事故に関する過失割合は、被控訴人真砂につき九、亡一郎につき一とみるのが相当である。」
同六枚目裏一行目の「2,361万1,422円」を「2,361万1,442円」と改める。
同七枚目表九行目の「被告らは原告らに対し、右各金額及びこれ」を「被控訴人らに対し各自控訴人定子は前項(一)の請求額のうち金一五五〇万円、同直芳は同(二)の請求額のうち金五六〇万円、同英治は同(三)の請求額のうち金八九〇万円及びこれら」と改める。
同七枚目裏一〇行目の次に行を改めて「亡一郎の農協役員報酬は任期、選任方法が不明であり、恩給、国民年金については稼働能力と無関係であって、その受給権は一身専属であるともいえるのでいずれも逸失利益には当たらない。」を加える。
三、証拠<略>
理由
一、本件事故により亡一郎が死亡したこと、控訴人定子が亡一郎の妻、同直芳及び同英治がその子であり、それぞれ亡一郎の権利義務を相続したことは当事者間に争いがない。
二、そこで、まず本件事故の態様につき検討するに、成立につき争いのない甲第二号証、原審における被控訴人真砂本人の尋問結果によれば、次の事実が認められる。
1. 本件事故現場は、ほぼ北東(三重県尾鷲市方向)から南西(和歌山県新宮市方向)に通じる車道幅員約七・二メートルの平担なアスファルト舗装の国道四二号線上である。同国道中央には五メートル間隔の白色ペイント破線によるセンターラインが表示され、それに平行して車道北西端に車道外側線が、同南東端には路側帯がそれぞれ設けられ、同車道外側線の外(北西)側は歩道を隔てて人家、みかん畑、駐車場などがあり、同路側帯の外(南東)側は若干の空地を隔てて防風林となっている。本件事故現場付近は北東方向に向って約七〇〇メートル、南西方向に向って約四〇〇メートルの間は直線で見通しを妨げる障害物などはなく、また、三重県公安委員会により高速車の最高速度五〇キロメートル毎時、終日駐車禁止(但し、二輪車を除く)と規制されている。本件事故当時は日没後であり、しかも折からの降雨のため路面は湿っていた。
2. 被控訴人真砂は、本件事故当日の午後五時二〇分ごろ甲車を運転して前記国道を南西方向に向って進行中、甲車の加速機に若干の異常を感じたため、本件事故現場の同国道南東側に接する空地に甲車左側を入れ、甲車右側を前記路側帯から約八〇センチメートル車道側に残して甲車を駐車させていた。
3. 亡一郎は、本件事故当日の午後五時五〇分ごろ前照灯を点灯して乙車を運転し、前記国道路側帯内(北西)側に沿って南西方向に向って進行し、本件事故現場に差しかかったが、何らのハンドル操作、制動の措置も講ずることもなく駐車中の甲車後部右側に乙車前部を衝突させた。
以上の事実が認められ、原審証人喜田和也の証言及びこれによって成立の認められる乙第一〇号証によっても右認定を左右するに足りない(なお、右認定中、被控訴人真砂が甲車を前記国道に約八〇センチメートル残して駐車させていたことは当事者間に争いがない。)。
右認定事実よりみると、被控訴人真砂において、見通しの困難となることが予想される日没後で、かつ、降雨時に、駐車の禁止された前記車道部分に前記認定のように甲車右側部分を残して駐車させれば、前記国道を通行する車両の安全を害し、甲車に衝突する車両のあることも予測されるところであるから、右のような方法による駐車を避けるべき注意義務があったにもかかわらず、これを怠った過失のあることは明らかである。しかし、亡一郎においても、車両運転中は絶えず進路前方を注視し、その安全を確認しながら進行すべき注意義務があったにもかかわらず、これを怠り、前方注視を怠ったまま漫然と乙車を進行させていた過失があったものと推認され、本件事故は、右各過失の競合によって惹起されたものと認定するのが相当である。
控訴人らは、被控訴人真砂において甲車を駐車させていた間、駐車灯及び非常点滅表示灯を点灯させていなかったのみならず、本件事故当時、事故現場付近は暗く、かつ降雨のため見通しが困難であったことに加えて、甲車後部が路面と混同しかねない暗黒色であったから、亡一郎において甲車の存在を認識することは困難であった旨主張するところ、甲車の駐車灯、非常点滅表示灯が点灯されていなかったことは前掲喜田和也の証言、乙第一〇号証、原審における控訴人直芳本人尋問の結果により認められる(被控訴人真砂本人の原審における尋問の結果は措信しがたい)けれども、前記認定事実に照らすと、亡一郎は前照灯を点灯して乙車を走行させていたのであるから、前方を注視し、進路の安全を確認しながら乙車を運転していれば、前方に駐車する甲車を容易に発見し得たものと推認されるところである(因に、前掲喜田和也の証言によれば、本件事故発生前の午後五時三〇分過ぎごろ事故現場付近を通行した車両の運転者は総て駐車中の甲車の存在を認め、それを避けて車両を進行させていたことが認められる。)。従って、右主張のような状況にあったとしても、本件事故発生につき亡一郎の過失がなく、あるいは被控訴人真砂のそれに比し軽微であったものと認定することは相当ではない。
以上認定のとおり、本件事故発生につき亡一郎に過失のあったことは明らかであるが、なお、被控訴人真砂にも前記認定の過失があったことは否定できないところであるから、被控訴人真砂は民法七〇九条ないし七一一条に従い、亡一郎及び控訴人らが本件事故によって被った各損害を賠償すべき責任があり、また、被控訴人会社が甲車を所有し、自己のため運行の用に供していたことは当事者間に争いがないから、被控訴人会社においても自賠法三条に従って右各損害を賠償すべき責任のあることは明らかである。
なお、前記認定の事故態様に照らすと、被控訴人真砂と亡一郎の過失割合は、被控訴人真砂につき三、亡一郎につき七と認定するのが相当である。
三、損害
1. 亡一郎の逸失利益
成立に争いのない乙第一号証、第四号証、原審及び当審における控訴人直芳本人の尋問結果によれば、亡一郎は、大正一〇年八月二五日生(本件事故死当時六四歳)の男性で、本件事故当時長男である控訴人直芳が中川建設なる名称で営む建設業を援助するほか、農業にも従事し、熊野市農業共同組合の理事を勤めていたこと、右控訴人直芳、二男である控訴人英治らにはそれぞれ結婚させて所帯を持たせ、自らは妻である控訴人定子と同居して生活を営んでいたことが認められる。
そして、亡一郎が本件事故死前の一年間に前記組合から役員報酬金一一万〇三八〇円、普通恩給金三三万八九〇〇円、国民年金三八万〇二〇〇円をそれぞれ受給していたことは当事者間に争いがなく、前掲控訴人直芳本人の尋問結果及びこれにより成立の認められる乙第七号証によれば、亡一郎は、控訴人直芳の営む建設業を援助し、本件事故死前の一年間に金五二〇万円の収入を得ていたことが認められる。
しかしながら、亡一郎の右収入のうち農協役員報酬については、その任期、選任方法を認めるに足る証拠なく、その報酬を何時まで受給しうるかは明らかでないのみならず、普通恩給、国民年金については稼働能力とは無関係であってその受給権が一身専属と解されるうえ、国民年金については生活保障的性格が強いと認められ、いずれも、亡一郎の逸失利益に含まれないと解するのが相当である。
なお、普通恩給、国民年金については亡一郎が生存しておれば同人の生活費に充てられると解されるので、生活費としての控除額からその分だけ減ずるのが相当である。
以上の各事実に、前掲被控訴人直芳本人尋問の結果を総合すると、亡一郎は本件事故に遭遇しなければ、なお七年間は就労し、その間年平均金五二〇万円を下らない収入を得、その収入のうち約三分の一にあたる金一七三万円を生活費として費消するものと推認されるが、前記の普通恩給、国民年金の年額七一万九一〇〇円を減ずると金一〇一万〇九〇〇円となる。そこで前記年収五二〇万円から金一〇一万〇九〇〇円を控除した金四一八万九一〇〇円につきホフマン式計算法に従い亡一郎の逸失利益の現在額を求めると、金二四六〇万六七七三円(4,189,100×5.874-円未満四捨五入)となるところ、前記認定の亡一郎の過失を斟酌してこれを七割減額し、被控訴人ら各自に負担させるべき賠償額を金七三八万二〇三二円(前同)とするのが相当である。
従って、亡一郎は、被控訴人らに対し各自金七三八万二〇三二円の賠償請求権を取得したものというべきところ、本件事故死にともない、控訴人定子においてその二分の一にあたる金三六九万一〇一六円(前同)の、控訴人直芳と同英治においてその四分の一宛にあたる金一八四万五五〇八円(前同)宛の賠償請求権を相続取得した。
なお、前記認定事実に照らすと、亡一郎は、就労し得なくなったのちも、生存中は前記普通恩給と国民年金を受給し得たものと推認されるが、それらは総て亡一郎自らの生活費に充てられ、余剰は存しないものと推認される。
2. 葬儀費用
成立に争いのない乙第八号証の一八、同号証の二六、二七、前掲(原審)控訴人直芳本人の尋問結果及びこれにより成立の認められる乙第八号証の二ないし一三、同号証の一五ないし一七、同号証の一九ないし二五、同号証の二八、二九に照らすと、控訴人直芳は、亡一郎の長男として亡一郎の葬儀を主宰し、その費用を負担したが、亡一郎の交際範囲が広かったこともあって会葬者も多く、多額の出捐を余儀なくされたことが認められるが、諸般の事情(前記認定の亡一郎の過失も含む)を総合し、本件事故と相当因果関係にあると認められる賠償額として被控訴人ら各自に負担させるべき金員は金四〇万円をもって相当とする。
3. 慰藉料
既に認定した本件事故の態様その他諸般の事情を総合し、亡一郎と控訴人定子につき金一八〇万円宛、控訴人直芳と同英治につき金九〇万円宛をもって相当と認める。
そして、亡一郎の本件事故死にともない、控訴人定子において亡一郎の右慰藉料請求権の二分の一にあたる金九〇万円の、控訴人直芳と同英治においてその四分の一宛にあたる金四五万円宛の同請求権をそれぞれ相続取得した。
4. 以上の次第で、被控訴人らに対し、各自控訴人定子は合計金六三九万一〇一六円の、控訴人直芳は合計金三五九万五五〇八円の、控訴人英治は合計金三一九万五五〇八円の各損害賠償請求権を取得したものというべきである。
四、損害の填補
控訴人らが本件事故に関し自賠責保険金一四七五万七四四〇円を受領したことは当事者間に争いがない。
控訴人らは、控訴人直芳独りが右保険金全額を取得した旨主張しているが、控訴人らの間において右保険金を控訴人直芳に取得させる旨の協議が整ったとの事由につき何らの立証もなしていないから、右保険金は控訴人らにおいてその法定相続分に応じ(控訴人定子金七三七万八七二〇円、同直芳と同英治が金三六八万九三六〇円宛)取得したものと推認すべきである。
そうすると、控訴人らの取得した前記損害賠償請求権は既に全額填補され、控訴人らにおいて被控訴人らに対し各自支払を求める賠償金は存しないものといわねばならない。
五、控訴人直芳は、本件訴訟に関して出捐し、あるいは出捐することが予想される弁護士費用相当額の賠償を求めるが、既に認定のとおり控訴人らの反訴請求は理由なく、被控訴人らの本訴請求が認容されることに照らすと、控訴人直芳において被控訴人らに対し各自本件事故と因果関係のある損害としてその賠償を求めることは相当でないものというべきである。
六、以上の認定に照らすと、右と結論を同じくする原判決は相当であるから、本件各控訴を失当として棄却し、控訴費用の負担につき民訴法九五条、八九条、九三条を適用して、主文のとおり判決する。